赤い薔薇のSoliloquy

華道教授で サッカー大好き お母さんです

江尻宿

akaibara2005-08-17



歌川広重作 江尻 三保遠望



【カッパ伝説の稚児橋】
江尻宿を出て巴川を渡る橋を稚児橋という。
慶長12年(1607)徳川家康東海道筋の整備を命じた。ここ江尻宿でも巴川にかかる橋の建設が行われた。


橋は江尻宿にできた橋という意味から「江尻橋」と名づけられることになっていた。
やがて待望の渡り初めの日がやってきた。この日のために特に選ばれた老夫婦が渡り初めを始めようとした時、突然、川の中から1人の童子が現れ橋桁をよじ登り、人々がアレヨアレヨと見守る中、橋を渡り姿を消してしまったという


以来、人々は巴川のカッパが童子に姿を変え、渡り初めをしたんだと噂し橋の名前はいつしか「稚児橋」と呼ぶようになったという。

現在の橋の欄干には、童子とカッパの像が飾られ、伝説を今に伝えています。


静岡鉄道狐ヶ崎駅近くの「上原鎮守十七夜宮」
「住む人々の万難を除去し、家庭の幸福を守護するとして村人の信仰を集めてきた」鎮守
次郎長の墓がある「梅蔭禅寺」
三保半島は巴川の河口に突き出た砂嘴(さし)
南北約6キロ・メートルの砂浜「三保の松原」がある

【歌川広重東海道五十三次版画と赤い薔薇日記】